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TSHが高いと言われたら

潜在性甲状腺機能低下症の可能性について

血液検査でTSH(甲状腺刺激ホルモン)の値が高めだと指摘された場合、潜在性甲状腺機能低下症が疑われます。これは、甲状腺ホルモン(FT4など)の値が正常範囲内にあるにもかかわらず、脳(主に下垂体や視床下部)がわずかなホルモン不足を感知し、補おうとしてTSHを過剰に分泌する状態です。
このように、ホルモン値が一見正常でも、体内では既に調整機構が働いていることから、顕性(本格的な)甲状腺機能低下症の前段階とも言える状態です。
なお、潜在性であっても、症状の有無や年齢、妊娠希望の有無などによってはホルモン補充療法が推奨される場合もあります。
この疾患は比較的頻度が高く、全人口の4〜15%程度に見られるとされており、特に女性や高齢者で多く認められる傾向があります。

なぜ甲状腺疾患では血液検査が重要なのか

甲状腺は、全身の代謝や体温調整などを担うホルモンを分泌する重要な内分泌器官です。しかし、自覚症状が乏しいまま機能異常が進行することもあるため、早期の異常検出には血液検査が欠かせません。
甲状腺ホルモンは血流に乗って全身へ運ばれますが、その分泌量は脳(主に視床下部・下垂体)による精密なフィードバック制御のもとで保たれています。脳から分泌される命令ホルモンであるTSH(甲状腺刺激ホルモン)が、甲状腺に対してホルモン分泌の指示を出し、必要に応じてその量を増減させます。
つまり、血液中に含まれるTSHと甲状腺ホルモン(FT3・FT4など)を測定することで、甲状腺の機能状態を的確に把握することができます。
当院では、甲状腺機能に関する血液検査の体制を整えており、原則として採血から30〜40分程度で結果をお伝えできる迅速検査を実施しています。不安な方はどうぞお気軽にご相談ください。

TSHだけが高値の場合に考えられる疾患

橋本病の可能性

甲状腺の診療では、甲状腺ホルモンの状態を把握するために血液検査を行います。甲状腺で産生されるホルモンには、トリヨードサイロニン(T3)とサイロキシン(T4)の2種類があり、このうち生理作用がより強いのはT3とされています。
T4は甲状腺で分泌された後、肝臓や腎臓などの末梢組織でT3へと変換され、全身の代謝調節に関与します。
これらの甲状腺ホルモンは血液中では主にタンパク質と結合した状態で存在しており、実際に体内で作用するのは、その中のごく一部である遊離型ホルモンです。血液検査では、この遊離ホルモンの濃度を測定し、甲状腺機能を評価します。
甲状腺ホルモンの分泌は、脳の下垂体から分泌されるTSH(甲状腺刺激ホルモン)によって調節されています。TSHが甲状腺の受容体に結合することで、T3・T4の産生と分泌が促されます。一方、血中の甲状腺ホルモンが増加するとTSHの分泌が抑制されます。
この相互調節機構は「ネガティブ・フィードバック」と呼ばれ、体内のホルモン量を一定に保つ役割を果たしています。
血液検査では、TSH、T3、T4を総合的に確認しますが、甲状腺ホルモン値が正常範囲であるにもかかわらず、TSHのみが高値を示す場合、橋本病が背景にある可能性が考えられます。
甲状腺疾患の評価では、自覚症状だけに頼らず、血液検査という客観的な指標を用いた判断が重要です。

潜在性甲状腺機能低下症の主な原因である橋本病

潜在性甲状腺機能低下症の原因として最も多いのが橋本病です。この疾患は、甲状腺機能低下症へと進行する過程で発見されることが多く、いわば症状が明確に現れる前段階として認められます。
橋本病は、免疫機能が誤って自分自身の甲状腺を攻撃してしまう自己免疫疾患であり、「慢性甲状腺炎」とも呼ばれます。初期には甲状腺がびまん性に腫大して硬く触れることがありますが、長期にわたって炎症が続くと、甲状腺自体が小さくなり、甲状腺ホルモンの分泌が低下します。
成人女性では30〜40人に1人程度と比較的頻度の高い病気で、代表的な症状には以下のようなものがあります。

  • 体重が増えやすくなる
  • 疲れやすく、だるさが続く
  • 手足や顔のむくみ
  • 中性脂肪やコレステロール値の上昇

甲状腺機能低下症は自己免疫疾患の一種です

甲状腺機能低下症の多くは、自己免疫の異常によって引き起こされるもので、「自己免疫性甲状腺疾患」とも呼ばれています。これは、本来体を守るはずの免疫システムが誤って甲状腺の細胞を標的に攻撃してしまうことで、炎症や機能低下が生じる病態です。
診断に際しては、自己抗体の有無を確認するための血液検査を行います。特に重要なのが以下の2つの抗体です。

  • TPO抗体(抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体):甲状腺ホルモンの合成に関与する酵素に対する自己抗体
  • Tg抗体(抗サイログロブリン抗体):甲状腺に特異的なタンパク質であるサイログロブリンに対する自己抗体

これらの抗体は、健常な人でも陽性となることがありますが、特に女性で陽性率が高い傾向にあります。
橋本病の検査においては、97%以上の方でTPO抗体またはTg抗体が陽性となることが報告されており、その抗体価は甲状腺への免疫細胞の浸潤状態とも関連しています。
潜在性甲状腺機能低下症を発症している方のうち、TPO抗体が陽性の場合には、年間約4.3%の割合で顕性(明らかな)甲状腺機能低下症に進行すると言われています。
また、日本人の高齢者において、TSH値が8μIU/mLを超えるような高値の場合には、機能低下症への進行リスクがさらに高まる傾向があります。

ホルモン補充治療が推奨されるケース

治療を積極的に行うかどうかは、TSH値や症状の有無、併存疾患の有無などを総合的に判断して決定されます。
具体的には、TSHが10μIU/mL以上かつ、脂質異常、もしくは機能低下症状がある場合、合成甲状腺ホルモン(チラージンS)を用いたホルモン補充療法が勧められます。
一方、TSHが10μIU/mL未満の場合は、臨床所見に加え、脂質異常、自己抗体の有無、甲状腺腫の有無・大きさなど複数の因子を踏まえて治療の要否を慎重に検討します。
なお、無症状の方に対するスクリーニングや一律の治療については、現時点で有効性を裏付ける十分な根拠があるとはいえません。
後期高齢者(75歳以上)や心疾患(特に冠動脈疾患)を抱える方では、治療そのものが新たなリスクとなる可能性もあるため、過剰治療を避ける配慮が必要です。
実際に、65歳以上の潜在性甲状腺機能低下症に対してホルモン補充療法を行っても、生活の質の明確な改善は認められなかったという報告があります。また、85歳以上の高齢者においては、むしろ甲状腺ホルモンが低めの状態の方が死亡率が低かったという研究結果もあることから、年齢や基礎疾患に応じた個別対応が求められます。
特に注意が必要なのが、妊娠中または妊娠を希望している女性です。
妊娠中は甲状腺ホルモンの需要が増加し、甲状腺機能のわずかな異常でも不妊や流産、早産などのリスクに繋がる恐れがあります。

  • 生殖補助医療(ART)を受ける女性では、TSHを2.5μIU/mL未満に管理することが推奨されています。
  • TSHが基準値を超えており、かつ自己抗体が陽性である場合、妊娠中における流産や早産リスクが高くなるため、積極的なホルモン補充療法が必要とされます。

一方で、以下のような方では治療の有効性は未だ明確に示されていません。

  • TSH<2.5μIU/mLかつ自己抗体陽性
  • TSHが基準値上限内(≧2.5μIU/mL)であり、自己抗体陰性

このような場合でも、欧米の学会ガイドラインや患者様本人の妊娠計画を踏まえた上で、治療を選択肢として検討する価値があるとされています。
妊娠初期の3ヶ月までの期間にはTSHを2.5μIU/mL以下、妊娠中期〜後期では3.0μIU/mL以下を目標値として、毎月TSHとFT4のモニタリングを行いながら、適切にホルモン補充量を調整していく必要があります。

甲状腺機能検査から読み取れる甲状腺疾患と診断指標

甲状腺疾患 TSH FT4 FT3 補助検査・所見
原発性甲状腺機能低下症(例:橋本病) ↓→ ↓→ ・TPOAb(抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体)
・TgAb(抗サイログロブリン抗体)
潜在性甲状腺機能低下症 ・TPOAb・TgAb
中枢性甲状腺機能低下症 ↓→ ↓→ ・TRH負荷試験・MRI
低T3症候群 ↑→
明らかな基礎疾患の存在
不適切TSH分泌症候群(SITSH) ↑→ ・T3受容体遺伝子
・TRH負荷試験
・下垂体MRI
バセドウ病 ・TSAb(甲状腺刺激抗体)
・TRAb(抗TSHレセプター抗体)
・放射性ヨウ素摂取率の上昇
潜在性甲状腺機能亢進症 ・TSAb・TRAb
亜急性甲状腺炎、無痛性甲状腺炎 ・TSAb
・TRAb(いずれも陰性)
・CRP(C反応性蛋白)の上昇
・放射性ヨウ素摂取率の低下
中毒性結節(プランマー病) ・超音波検査(結節性甲状腺腫)
・シンチグラフィーによる機能評価